夏の日照りが厳しい7月25日(日)、午前10時より熊野灘部隊慰霊祭を執り行いました。
熊野灘部隊とは、本土の守護と大東亜戦争の時に、この尾鷲に組織された海軍部隊です。
今より遡りし昭和20年7月28日の早朝、連合軍の戦闘機の奇襲攻撃に遭い、当時、国土や国民、そして尾鷲を守るため、交戦したのが熊野灘部隊でした。
当時、終戦が間近だったため空爆は10時間程続き、戦局もかなり不利だったにもかかわらす、熊野灘部隊は嵐の様に着弾降り注ぐ中でも雄々しく戦い抜きました。がこの空爆で・・・戦死者147名と尊き命が犠牲となりました。
この147名の御英霊は、それぞれ出身地での護国神社にお祀りされております。
しかし、御亡骸のほとんどはこの尾鷲の地に埋葬されていますので、その関係者や尾鷲の有志の人々によって、熊野灘部隊慰霊顕彰会を発足し慰霊祭を執り行っており、そのお志に氏子総代会も賛同し神社に慰霊碑を建立して、毎年、慰霊祭を執行する事となり現在に至っております。
今年も熊野灘部隊の御英霊を始め大神等の御守り導きを頂戴し、予定通り熊野灘部隊慰霊祭を執り行なう事が出来ました。
戦後76年も経て、現在では日本が大東亜戦争でどの国と戦ったことも知らない若者がいるようです。現在の平和があるのは、国のため、家族のため、二つと無き尊い命をかけて下さった御英霊たちのおかげと改めて永く言い伝えていかねばならぬと感じました。
昨今、政教分離や憲法違反などと様々な事をいう人もおりますが、国家国民のために尊き命を燃やして下さった御英霊の慰霊顕彰の祭典は、宗教や政治など関係なく「日本人の心として」たくさんの方々にお参り頂くべきだと思っております。
令和3年7月23日(金)、午前10時に日本で二回目となる夏期オリンピックが開催されること祝し、平和祈念祭を執行しました。
この祭典はもともと昭和39年に東京オリンピック開催された10月10日(体育の日)に行っていましたが、今年からスポーツの日となるこの日に奉仕する事と致しました。
尾鷲神社では、平和の祭典と言われるオリンピックの精神を鑑み、戦争などがなくなり、世界平和が一日でも早く訪れるように祈願しております。
特に今回は、コロナウィルスの影響で開催に対し様々な意見がありましたが、この大会を目指しているアスリートの人たちの気持ちを大切に思い、各国の代表選手が皆ベストを尽くし、その成果として栄えあるメダルを獲得できるように祈願しました。
そして、これからのオリンピックが平和の象徴として、政治状況や経済などの私的理由ではなく、以前のように気候も踏まえ、アスリートたちの身体面も考慮して大会が開催、運営されるように願っております。
今年は早い梅雨明けとなり雨の心配もなく快晴の中、海の日の7月22日(木)、午前11時に境内社の天照大神宮例祭を執り行いました。
昨年はコロナウィルスの影響で、参列者の数を絞りましたが、今年は感染症対策をとりながら参列希望を募ったところ、神社総代を始め総勢22名の参列者が集まり、御祭神の天照大神の神威を仰ぎました。
所定のところで修祓式を行い、本殿前に進み宮司1拝!続いて本殿の扉を開けて神前に神饌をお供えして、日々の御守り導きの感謝の気持ちとこれからのご指導などを祈る祝詞を奏上、更にコロナウィルス感染症の終息も願いました。
次に、奉祝として地元の高校生が舞姫を努めて「浦安の舞」を大神に献げて、最後に神職をはじめ、参列者の皆様に玉串拝礼を執り行い祭典を納めました。
来年もたくさんの方の御参拝を心よりお待ちしております。