心地よい涼しい風がただよう9月20日(月)、午前10時より敬老祭を執り行いました。
今回は残念ながら参列者がおらず神職だけで奉仕、修祓→一拝→献饌と進め、祝詞では現在の日本の繁栄に尽力して下さったことに対する感謝とこれからも元気でご長寿いただく事を祈念しました。
続いて、玉串拝礼→撤饌→一拝を行い祭典を閉じました。
これからもたくさんの皆様のご参列を心からお待ちしております。
コロナウィルス感染症の緊急事態宣言が発出されたため、今年は梼務町・野地町が通常通り神事を奉仕、祭事である道中手踊り等は全て中止という手法で八幡神社祭礼を行ってきました。
午前零時の御扉開き式に続いて午前10時からの例大祭も梼務町・野地町(祷人・汐撫、他町の関係者)が出席し、神職並び神社総代有志と一緒に奉仕して祭典を執り行いました。
修祓→一拝→開扉→神社総代有志と献饌を行い、いよいよ祝詞奏上!
今年も日々の神恩感謝と更なる御守護、御神徳を願い、最後にコロナウィルス感染症の終息を祈念しました。
次に、宮司玉串→祷人玉串→総代会長玉串→神社総代有志との撤饌→閉扉→一拝と進め、吉川先生から頂戴した祝電を披露し祭典をおさめました。
今年はコロナ禍における伝承伝統の護持の仕方として試金石になるような貴重な祭礼でした。
しかし、はやり伝染病がおさまった暁には、再び梼務町、手伝町と共に賑やかしい八幡神社例大祭を執り行いたいと心から望みます。
ここ1年コロナウィルス感染症のため、年中行事で行っている〆打ちは、注連縄の状態をみて奉仕するようになっておりました。
がしかし、氏子の皆様からやはり例大祭は新しい注連縄で迎えたいと要望があり、この8月29日に急きょ執り行うこととなりました。
早朝8時頃から神社総代、氏子町の有志が集まり出し、わらや機材を準備し、武田総代会長以下総勢22名が集合する中、8時30分に〆打ち清祓い神事を行いました。
神事終了後、神社総代と有志の皆さんは、わらたたきや注連縄しめ、仕上げなどに分かれて作業を開始!
八幡神社の境内入口にある長さ4メートルの鳥居用など始め、各所に飾る注連縄を大忙しに奉製し掛け直して下さいました。
今年のお祭りも残念ながら、神事のみを梼務町、神社総代有志で行い道中手踊りなどの祭事は中止となりましたが、新しい注連縄の張り廻らした神社で粛々と務め、大神等の神威を氏子町の皆様にお届けする所存です。
暑かったとや思いきや・・・梅雨のような雨が降り続くお盆の迎えて尾鷲も朝から大雨となった8月15日(日󠄀)午前9時、8月月次祭を執り行ないました。
今回の祈願は、まず線状降水帯の影響で全国の至るところで集中雷雨による様々な災害が生じておりましたので、この自然災害からいち早くお守り下さるように祈願しました。
この悪天候でありましたが、氏子の方4名がご参列下さる中、大神等にまずはこれ以上、この線状降水帯から発生する災害から日本全国を大難なく御守り下さるように祈願しました。
そして、決して忘れてならないのが8月15日は一般的には終戦日といわれている事です。
正確には8月15日は日本国が無条件降伏を受け入れて停戦状態になった日で本当の終戦は、昭和27年4月28日、アメリカを始めする連合国が様々な占領政策や戦後処理などを終えて、日本が独立国として国家主権を回復した時です。(サンフランシスコ講和条約の発効)
とは言え、日本人にとって、戦争を終結することを知った8月15日、この日を終戦日と感じるのも最もです。
尾鷲神社では8月月次祭に合わせ、現在の日本の繁栄は、先の戦争で国のため、家族のためと戦い、尊き生命を燃やしていった御英霊のおかげである事を忘れてならないと御霊なごめ祭も執行しております。
今年も御霊なごめの祝詞を奏上し、最後に参列者の皆様と共に黙祷を捧げました。
様々な意見があるようですが、この戦没者慰霊顕彰には、政治(外交)や政教分離などは全く関係ありません。そして、決して影響を受けてならないものです。
日本人として、その尊き「こころ(精神)」を見忘れず、来年の御参拝をお待ちしております。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |